ツウになれない映画好き(^^;)の映画評ブログ。 コメント・TB大歓迎!!

  1. スポンサーサイト
  2. ビョルン・アンドレセン その後・・・
  3. ビョルン・アンドレセン プロフィール
  4. 転職への道・・・は続く?
  5. 市川染五郎 男前は誰だ!
  6. 台風接近
  7. 副業の道は険しい??
  8. チョン・ウソン 男前は誰だ!
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ビョルン・アンドレセン、その後を調べていくうちに shakeさん( シェイクで乾杯!)の こちらの記事 に行き着きました。

―2005年3月のパリ・マッチ誌 より―
ビョルン・アンドルセンは、34年間、あのタージオを演じた少年というレッテルで見られてきた。15歳で美の化身であった者に、その後の人生は許されるのか。 彼はこの映画に出演したこと自体は後悔していないと言う。しかしこの映画のあとで彼の身に待ち受けていたことを前もって知っていたらば、絶対にこの役を拒否していただろう、と言っている。
彼は映画界から逃げ、人前に出ない音楽家となっていく。1日に10時間ピアノに向かっているという。 30年もの間、世間の目を避け、ピアノに没頭することで安らぎを得ていたのだそうだ。
「その他のことでは幸せになれることはなかったのか?」と聞くと、「時々はありますよ。でもそれは私が故意に望んだことではない。私が生きることを続けるためにどれだけの努力を費やしているか、あなたたちは想像できないでしょう。」

記事によれば、「ベニスに死す」の出演をきっかけに、彼の人生は大きく変わってしまった様です。 完全に映画界から去ってしまったわけではありません(2004年に出演)ので、機会があれば今のアンドレセンを観てみたいと思います。

shakeさん、記事を引用させていただきました。(^^)

ランキングに参加中です。応援お願いします(*^^*ゞ

スポンサーサイト
ルキノ・ヴィスコンティの傑作『ベニスに死す』の美少年タジオ役で一大センセーションを巻き起こしたビョルン・アンドレセン(Bjørn Andresen)。

完璧な美少年のその後について調べてみました。

■生い立ち
1955年1月26日スウェーデンの首都ストックホルムで生まれる。5歳の時、父に捨てられ、それが原因で母が自殺するという不幸な環境の中、祖母に育てられる。子供の頃から音楽好きな少年で、ストックホルムの音楽学校でクラシック音楽を学んだが、好みはビートルズなどのロックで、友人たちと13歳の頃からバンドを組み、あちこちで演奏していた。 15歳になった1969年、ストックホルム郊外で撮影された、青春映画『純愛日記』に端役で出演したのが、スクリーンデビュー。

■「ベニスに死す」との出会い
1970年ヴィスコンティが『ベニスに死す』の映画化の為に、主人公の作曲家を虜にする少年タジオ役を求めてヨーロッパ中を探していた。当時まだ、友人とバンドを組んで歌っていたアンドレセンがヴィスコンティの目に止まり、数多くの候補者の中から選ばれた。

ヴィスコンティは、数千人の候補者をリストアップし、最終的にはアンドレセンに決定したが、この模様をイタリア国営テレビRAIの依頼で、50分の特別番組「タジオを求めて」を監督している。

素顔のアンドレセンは、ごく平凡な北欧の健康的な少年であったらしい。 映画の成功で、一躍アイドルになった彼もとには、数多くの映画出演話が舞い込んだようだが、結局実現しなかった。もともと音楽に興味があったアンドレセンは、その後学園生活に復帰し、音楽活動していたらしい。
《「ヴィスコンティのスター群像」より抜粋》

■その後
1983年に結婚。ストックホルムで暮らす。その後娘(ロビン)が生まれるが、結婚前に生まれた長男を乳幼児突然死症候群で亡くし、その後離婚。

■現在
情報が少ないので(探せませんでした)映像のみです。
2004公開の『Pelikaanimies』HPへ→ 上段の右端にいらっしゃいます。

■フィルモグラフィー
2005 ― Lasermannen (TV)
2004 ― Pelikaanimies
1992 ― Kojan (The Cabin )
1990 ― Lucifer Sensommer - gult og sort
1989 ― Maskrosbarn (TV)
1987 ― Lysande landning (TV)
1986 ― Morrhar & Artor
1985 ― Smugglarkungen
1982 ― Grasanklingar
1982 ― Den Enfaldige mordaren
1977 ― 絶壁 (Bluff Stop)
1971 ― ベニスに死す (Morte a Venezia)
1970 ― 純愛日記(A Swedish Love Story)

■おすすめサイト
せっちゃんのデジタルけものみち せっちゃんと外タレ
キャンペーンで来日したビョルンを自宅で接待している様子の写真

金子功のピンクハウス百科事典ビョルン・アンドレセン
ビョルン・アンドレセンと金子功の関係について

バイオグラフィー http://www.imdb.com/name/nm0001909/bio
フィルモグラフィー http://www.imdb.com/name/nm0001909/

ランキングに参加中です。応援お願いします(*^^*ゞ

今の職場でのごたごたも一段落したのですが、いずれは正社員で働きたいと思っています。仕事を辞めちゃうかも?という状況から、将来について考えだしたら、このままではいかん!という結論になりましたので。。。頑張っていかないと。 派遣社員で働くのにも限界があるし、万が一独身なんて事になったらヤバイじゃん。とかマジで暗くなる事まで考えてしまった~

友人Hちゃんは独身でいく決心を私に語っていたけれど、私はどっちつかずの状態から抜け出せないなぁ。見合いか、それとも・・・無難に仲間内か?でもいまいち乗り気になれないなら、やめた方がいいのかも。

これが決まれば、ブログのタイトルどおり、本格的に漂流する事になりそう。 近隣の市が主催する、若年者対象の(まだ若年者だったりする)3D-CAD講座。講座終了後は就職先も強力に紹介してくれるらしい。。。今の仕事はCADも扱うけど2Dまで。一度3Dはやってみたかったし、選考で落とされるとは思うけど、応募してみよう。

今月は車検で約10万も出ていきました。蓄えがないと無職にもなれないのよ。。。あ~つらい現実。でも親と同居なんで生きてはいけます。
今日は台風でどこにも行けなかったので、知人からもらったDVDを観ました。 「阿修羅城の瞳」劇団☆新幹線の舞台版です。 古田新太より市川染五郎が好きというと、ミーハーと思われてしまいますが、やっぱり染五郎はいいな~ ゲキシネ(舞台をデジタル映像で映画館で鑑賞する企画)やDVDでしか観た事がないので、ぜひとも生で拝見したものです。。。田舎暮らしには夢なのかもしれません。 歌舞伎以外では舞台で活躍されていますが、映画にもどんどん進出して下さい。

プロフィール
1973年1月8日生まれ。東京都出身。 歌舞伎俳優。79年、歌舞伎座で三代目 松本金太郎を名のり初舞台。81年、 七代目市川染五郎を襲名。94年、名題昇進。近年は「女殺油地獄」の与兵衛や「陣門組討」の敦盛などを演じる。屋号は高麗屋。歌舞伎界の次代を担う第一人者にして、その芸域は歌舞伎にとどまらず、舞台「ハムレット」「マトリョーシカ」「アマデウス」「阿修羅城の瞳」 「アテルイ」など出演作は多岐にわたる。 またドラマ「ブランド」「プライド」「竜馬 がゆく」などに出演し、好評を博す。

ファンサイト→「染通」(そめつう) 情報満載!染五郎さんの全てがわかります。

フィルモグラフィー
2005 ― 阿修羅城の瞳
2005 ― 髑髏城の七人~アオドクロ
2004 ― 恋の門
2004 ― 蝉しぐれ
1998 ― 四月物語
1997 ― ラヂオの時間

私のお勧め!ゲキシネ「髑髏城の七人~アオドクロ」
天下統一を狙う豊臣秀吉の最後にして最大の敵、関東髑髏党とその首魁・天魔王。彼らから追われる沙霧は、浪人の捨之介らに助けられ、色街無界の里に逃げ込む。だが、そこに髑髏党が現れ、捨之介たちの過去が明らかに。

アカドクロを観に行けなくて、アオドクロに…という流れでしたが、染五郎さんに夢中になってしまいました(笑)歌あり踊りありの舞台は長さを感じさせません。お芝居を見慣れていない私でも楽しめました。育ちの良さでしょうか、品があって色気がある。立ち姿の美しい人って好きです。『ドクロBOX』欲しい~
大型台風が接近しています!明日は会社もお休みです。

台風の中、車を運転するの結構好きなんですけど。
「おお~揺れる」ってスリルがたまらない。危ないですけどね。

台風の目に遭遇した事が何回かありますが、あの無風状態もテンションが上がる(笑)
「あっ、今、目に入ったかも?」とか言って。

台風は慣れていますが、今回はかなり大きくて、自転車並の速度らしい。
我が家は大丈夫かな??

停電になるとPCで遊べませんね、シスアドのお勉強に最適かも?




もしかしら、失業するかも?と不安になってから、考えたのは収入が0円になったらきつぅ~という事。幸い自宅だから、生きてはいけますけど。パラサイト・シングルにはなりたくないねぇ~

ものすごい安易ですが、副業。。。してみたい、と思う。
私に何ができんの??と自らにツッコミを入れたくなるけど(笑)

今、出来そうなもの→データ入力(これしか無かったんだけど)
いろいろ調べてみたんですけど、調べれば調べるほど「だまされた」「ひどい目にあった」などの体験談が…

いろんなサイトに広告貼ってる会社なのに詐欺ですか??(;´д`)ノ
これじゃあ資料請求できないね。。。
優良企業もあるんだろうけど、私に探せるのか、すでに挫折(早っ)

お小遣い稼ぎならゲームしてるくらいが安全なのかも。。。

☆楽しくお小遣い稼ぎならココをよく利用します。
Warau.Jpワラウジェイピー
新・欲張り王

今日もジャンケンしなくちゃ~
映画自体はそれほど印象に残らなかった韓国の時代劇『武士-MUSA-』。ですが、槍の使い手は誰なのか非常に気になりました。過去作品をチェックしてようやく確認できたのが『上海グランド』、でも出番が少ないよ。(;´д`)ノ もっともっとスクリーンで観たいと切望していましたが、『私の頭の中の消しゴム』でようやく会えます。うれしいな。。。最近、映画雑誌への露出が多いですが、もう少し絞っていただけるとさらに○です。韓国の男優さんはやさしいイメージの方が多いですが、異色の(?)ワイルド系です。

プロフィール
1973年3月20日、ソウル生まれ。 CMモデルとしてデビューし、映画デビュー作は94年の『KUMIHO/千年愛』。 日本でも一部に熱狂的なファンを獲得したのは、一瞬登場しただけの香港映画『上海グランド』(96年)。 続いて、香港映画で活躍するクリストファー・ドイルが撮影監督を務めたことでも話題になった韓国映画『モーテルカクタス』(97年)が日本でも公開され、プロモーション来日も果たした。

フィルモグラフィー
2004 ― 私の頭の中の消しゴム
2003 ― マット・ボーイ
2001 ― MUSA -武士-
1999 ― ユリョン
1999 ― ラブ 最愛の人
1997 ― モーテルカクタス
1994 ― KUMIHO/千年愛

私のお勧め!「MUSA -武士-」
異国の姫(チャン・ツィイー)を命がけで守る男たち。その中でも強烈な印象を残したのは、チョン・ウソンでした。がたいもいいので、アクションは迫力があります。おそらく邪魔であろう(笑)長髪を振り乱しての鬼気迫る演技に釘付けになりました。策士、アン・ソンギも良かったですね。
MUSA -武士- ディレクターズカット完全版
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。